Brand History

加藤冨士逸 1947年8月 東京都出身
両親が大田区蒲田で靴専門店を営む三男として生まれる。
1970年代に渋谷の公園通りに、レディスとメンズシューズの店を開き、当時ではめずらしい、オーダー靴を始める
時は巷でヒッピームーブメントが出始めた頃、芸能人やファッションピープルがこぞってオーダーメイドのパンタロンブーツや厚底ブーツを渋谷へ作らせに来ていた。
レディース主体のアイテムのはずが、日を重ねる毎にメンズの客が増えてきて、市場に面白いメンズシューズが無い事に気付く。

"面白く、楽しく、かっこいい靴を作ろう!"

メーカー、問屋を探し回るが、そんな靴は市場に存在しない。インポート靴はとても高価でしかも入手困難。消費者が欲しい靴を提供する事が難しい。
”それならば、自分がイメージする靴を求めやすい価格で作ってしまおう!”と自分のブランドを立ち上げる事を決意。
1985年に独立し当時も今も珍しいメンズオンリーシューズブランド、”whoop'-de-doo'”(フープディドゥ)設立。
(英語で”楽しくやろうぜ!馬鹿騒ぎ”の意味)
BRAND LOGOには直筆で”歌舞伎”のくまどりを思わせるデザインを用い、JAPANESEを強く意識づけた。
ニューヨーク、ロスアンゼルス、ロンドン、パリ、ミラノ、デュッセルドルフなど世界中のファッション都市へ市場調査に赴き、靴の展示会が在れば何処の国にでも出掛けた。

whoop-de-dooのファーストコレクションは僅か5点でしかなかったが、斬新なものの考え方で、レッドやブルーを含め1型5色展開したり、つま先にスチールキャップを装着したようなラウンドトゥ(おでこ靴)を国産メーカーに作らせた。
DCブランド全盛期で特にコムデギャルソン、ヨウジヤマモトのY'sが人気で”whoop'-de-doo'”の靴はそのショップスタッフにまで人気を及ぼした。
人気は口コミで広がり、1987年正式に会社として登記する。

ブランド立ち上げの時より続けていた海外への市場調査が縁となり、1989年インポート会社”aff”設立。
UKのDr.Marten's、 George cox、 RED OR DEAD、 JEFFERY WEST、 CANADAのJOHN FLOEVORG、 SPAINのBUFFALOW、 BUNKER、 SENDRA USAのNANA、 ISLAND SURIPPER、 WESCO などの別注依頼、新規デザインの提供、日本市場へ様々なブランドを紹介した。

2000年ストリートカジュアルBRANDの”whoop'EE'”(フーピー)を立ち上げる。
それまで”whoop'-de-doo'”は皮のタンナーも生産工程の全ても国内生産にこだわり、ドレスシューズや少しカジュアルな”ドレスカジュアル”的な商品構成が主なBRAND LINEだったが、affの設立で培った海外へのコネクションを利用し、よりカジュアルなLINE UPが可能になった。

現在、加藤氏を含め3人のデザイナーが年に4回の展示会を開催し、一度の展示会で50型以上の新規デザイン発表をおこない、生産拠点を日本国内の生産はもとより、海外にまでひろげている。

"whoop-de-doo"の物作りは皮の開発、専用職人が削り出す独特な木型の作り込みから始まる。木型は繊細なLINEは何度も作り直し、”立体的な美”を創り出す。皮は希望の色、表皮の雰囲気を表現するため何度も染色し、なめし、仕上げを施す。そのパーツをメーカーに持ち込み通常の生産工程が終った後、特殊仕上げを数度繰り返す事で、”whoop'-de-doo'”特有の雰囲気が出来上がる。

シーズン毎のテーマの他に、設立当時から一貫している加藤氏のこだわりがある。
"概念の破壊" 定番をぶち壊し、無の状態からその時代にあったマインドや考え、テクニックを靴にすること。
その価値観は現在もシューズに色濃く繁栄され、マーケットに発信し続けている。